名古屋地方裁判所 昭和61年(行ウ)6号 判決 1988年4月25日
愛知県岡崎市中島町字本町55番地
原告
足立俊信
東京都江戸川区松島4丁目43番13号
原告
足立和代
右法定代理人親権者
足立マサ子
名古屋市東区東大曽根町6番8号
原告
足立宰
右法定代理人後見人
足立俊信
右同所
原告
足立学
右法定代理人後見人
足立俊信
右原告4名訴訟代理人弁護士
竹下重人
愛知県岡崎市明大寺町1丁目46番地
被告
岡崎税務署長 田中巖
右指定代理人
秋保賢一
外3名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告らに対し,昭和59年9月19日付でした昭和58年4月3日相続開始に係る相続税の各更正処分(ただし,昭和60年2月14日付異議決定により一部取り消された後のもの。)をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは,昭和58年4月3日死亡した訴外足立りゃう(以下「亡りゃう」という。)の相続人であるが,右相続に係る相続税について原告らがした右申告,異議申立て及び審査請求,被告のした各更正処分(以下「本件各処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分,異議決定並びに訴外不服審判所長のした審査裁決の経緯は,別表一記載のとおりである。
2 しかしながら,本件各処分は,相続財産に含まれている訴外医療厚生会(以下「厚生会」という。)に対する出資750口を過大に評価して原告らの課税価格を計算した点において,相続税法22条に反する違法がある。
3 よって,原告は,本件各処分(ただし,昭和60年2月14日付異議決定により一部取り消された後のもの。)の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2,3項は争う。
三 被告の主張
1 相続財産の価額算定の根拠について
(一) 本件相続によって原告らが取得した相続財産の内訳及び種類別の価額は,別表二file_2.jpgないしfile_3.jpgの「被告主張額」記載のとおりであり,その総額は金274,181,911円であるところ,これから債務控除額金10,452,045円を差し引いた差引純資産価額は金263,729,866円である。
右相続財産のうち,別表二の「file_4.jpg家屋・構築物」,「file_5.jpg家庭用財産」及び「file_6.jpg債務控除」の各価額は,いずれも原告らの申告額のとおりであり,その余の各財産のうち差引申告調整を行った財産の価額の評価の内訳は,別表三記載のとおりである。
(二) 別表三の相続財産等のうち,番号4の厚生会に対する出資持分の評価は,次のとおりである。
(1) 相続税法22条,「相続……に因り取得した財産の価額は,当該財産の取得の時における時価によ……る。」旨定めているところ,出資持分の定めのある社団たる医療法人に対する出資持分の価額の評価方法については,相続税財産評価に関する基本通達(以下「評価通達」という。)上,特に規定はない。
しかしながら,評価通達においては,取引相場のない株式又は出資のうち,小規模会社の株式又は出資並びに企業組合等の出資については,原則としていわゆる「純資産評価額方式」によって評価することとされており(評価通達179の(3),196,185),医療法人の出資持分についても,右評価通達196に定める評価方式に準じて課税時期における当該法人の純資産価額を基にして出資の持分に応ずる価額によって評価する(以下「純資産価額方式」という。)のが合理的であり,右の評価方法は,前記相続税法22条の趣旨にも合致するものである。
(2) 本件課税基準時である亡りゃうの相続開始時における厚生会の純資産価額を計算すると,別表五のfile_7.jpgのとおり,400,902,000円となる。
(3) そこで,右時期の払込済出資口数6,600口で右純資産価額を除して計算すると,1口当たりの純資産価額は金60,740円となり,これに被相続人が有していた出資口数750口を乗じると,厚生会に対する出資持分の評価額は金45,555,000円となる。
2 相続税額の計算根拠について
(一) 本件相続額の計算根拠は,別表四の(1)ないし(4)記載のとおりであり,「⑨総遺産価額」から⑩債務控除の合計額」を差し引いた「⑪課税価額の合計額」からさらに「⑬遺産に係る基礎控除額」を除いた額が」⑭税額計算の基礎となる金額」である。
右⑭の金額に法定相続分5分の1と相続税率40%(速算表による)を乗じた上,控除額4,350,000円を除いた金額が各相続人ごとに算出される相続税の総額の基となる税額であり,これを合計した金額が「⑮相続税の総額」67,740,000円である。
(二) 右「⑮相続税の総額」に「⑤相続税のあん分割合」0.2(「⑪課税価額の合計額」の中に各相続人の「③課税価格」が占める割合)を乗じた金額が各相続人の「⑥相続税額」13,548,000円である。
(三) 原告足立宰,同足立学については,さらに未成年者控除が認められており,20歳から満年齢を引いた数額に30,000円を乗じ,宰については240,000円,学については420,000円がそれぞれ「⑥相続税額」から控除される。
(四) 結局,「⑧差引納付すべき税額」は,原告足立俊信,同和代についてはいずれも13,548,000円であり,同宰については13,308,000円,同学については13,128,000円であるから,本件各処分は適法である。
四 被告の主張に対する認否
1(一) 被告の主張1項(一)のうち,別表二file_8.jpg(有価証券)の「株式・出資」の価額及び別表三番号4の厚生会に対する出資の評価額は否認し,その余の相続財産の評価額はすべて認める。
(二) 同項(二)のうち,(1)は争う。(2)は認める。(3)は争う。
2(一) 同2項(一)は争う。
(二) 同項(二)は争う。
(三) 同項(三)は認める。
(四) 同項(四)は争う。
五 原告らの反論
1(一) 相続財産中の医療法人に対する出資持分の評価方法については,法令に何ら特別の規定がなく,評価通達においても明らかにされていない。したがって,右出資の性格を正当に理解した上で,その特性に応じて相続開始の時の価格を認定しなければならない。
(二) 厚生会に対する出資については,同会の定款によって,社員は,その死亡により社員たる地位を失い,退社した社員(その相続人)は,その払込出資額に応じて払戻しを請求することができ,同会が解散した場合の残余財産は払込済出資額に応じて分配する旨定められている。
したがって,原告らが取得したのは,同会に対する出資持分そのものではなく,債権としての払戻請求権である。
(三) 評価通達において例示されている純資産価額方式とは,相続によって株式その他の出資を取得し,社員たる地位(議決権,将来の利益配当請求権及び残余財産分配請求権を包含する。)を承継したものについての評価方式であって,本件のように,社員たる地位を失い,その時点での払戻請求権だけとなったものの評価に右評価方法を適用するのは相当でない。
2 厚生会に対する持分払戻請求権の評価は,出資金額によるべきである。
(一) 企業組合や漁業生産組合等にあっては,組合自体が商業,工業又は漁業等を行う企業体であって,それらの組合の事業は,組合員の事業の助成を目的とするものではない。医療法人も,出資社員の互助等を目的とするものではなく,それ自体が事業を営むものである,という一点においては,前記組合と共通点を持っている。しかしながら,企業組合や漁業生産組合においては,剰余金の分配がその方法,限度等について若干の制約はあるものの,法的に許容されている(中小企業等共同組合法(昭和24年法律181号)59条,水産業協同組合法(昭和23年法律242号)85条)のに対し,医療法人においては,剰余金の配当が法的に禁止されている(医療法(昭和23年法律205号)54条)のである。社団に対する出資持分を財産として把握するに当たって,その点の差異は決定的に重要な意味を持つというべきである。
(二) 前記の差異を無視して,医療法人の出資持分の評価を評価通達196所定の「純資産価額方式」によることには合理性がない。
このことは,企業組合や漁業生産組合に対する出資持分が贈与される場合と,医療法人に対する出資持分が贈与される場合とを対比すれば,一層明らかとなる。すなわち,企業組合等においては剰余金が逐年配当されているので,組合の純資産は,比較的少額であるから,贈与税の課税価格も少額となり,また,受贈者は受贈後の保有期間中,剰余金の配当という利益を享受することができる。これに対し,医療法人に対する出資持分の贈与の場合,贈与税の課税価格を「純資産価額方式」に従って計算するならば,医療法人の過去の剰余金で内部留保されたものの蓄積によって,その評価額は比較的多額となるにもかかわらず,受贈者は受贈後の保有期間においても剰余金の配当による利益を享受することはできないのである。
(三) 評価通達195は,農業協同組合に対する出資の評価は払込済出資金額によることとしている。農業協同組合も,若干の制約はあるものの剰余金の配当(農業協同組合法(昭和22年法律132号)52条)や持分の譲渡(同法14条)等が許容されており,この点においては前記企業組合等と大差がないにもかかわらず,その出資の評価を払込済出資金額によることとしたのは,脱退組合員に損失払込義務が法定(同法24条)されていることや,もともと同組合の事業運営は,組合員に対する最大奉仕を目的としており,営利を目的として行ってはならない(同法10条)とされていること等に由来するものと解される。
医療法人は,公衆又は特定多数人のために医業を行う目的で病院,診療所の設置,運営を行うもので,営利を目的として事業を行うものではなく,相続税法上は「公益を目的とする事業を行う法人」(相続税法64条)であると解されているから,医療法人に対する出資持分の相続税に係る評価は,評価通達195に準じて出資金額によることが相当である。
3 仮に,右出資金額による評価が認められないとした場合には,次の評価方法による評価額が妥当である。
(一) この種資産の評価方法としては,次のものがあり得る。
(1) 被告の主張する厚生会の純資産価額によって算出した出資1口当たりの価額 金60,742円
(2) 厚生会の昭和58年3月31日決算期(相続開始直前)における当期剰余金は金17,782,473円であるが,これを当時の長期投資利回り(国債・社債の利回り)7.42%で除して資本価額に還元すれば金239,649,000円(千円未満切捨て)となるので,右資本価額を基にして計算した出算1口当たりの価額 金36,310円
(3) 日本銀行の調査による卸物価指数は,昭和34年が348.3,昭和58年が833.7であるから,この間の物価上昇率239%を昭和34年当時の1口当たり金1,000円の出資金額に乗ずることによって相続開始時である昭和58年当時の時価に換算して得た出資1口当たりの価額 金2,390円
(4) 前記(1)ないし(3)の単純平均による出資1口当たりの価額 金33,147円
(5) この種出資の特質として,①保有期間中に利益の分配がないこと,及び②医療法人の財産の換価可能性が低いことがあり,それらを考慮して,前記(1),(2),(3)を2対3対5の割合で加重平均した場合の出資1口当たりの価額 金24,236円
(二) 前記(一)の各評価額のうち,(5)の評価方式によるのが最も合理的であり,これによれば,原告らの相続した出資750口の相続価額は金18,177,000円となる。よつて,この額を超える評価額は違法である。
六 原告らの反論に対する被告の認否
1(一) 原告の反論1項(一),(二)は認める。
(二) 同項(三)は争う。
2(一) 同2項(一)のうち,企業組合等の性格及びそれが医療法人と共通点を有していることは認める。また,同組合等においては剰余金の分配が法的に許容されているのに対し,医療法人においてはそれが法的に禁止されていることは認めるが,右の差異が,社団に対する出資持分の財産としての把握に当たって重要な意味を持つとする点は争う。
(二) 同項(二)のうち,企業組合等の出資持分の贈与においては課税価格が比較的少額になる一方,医療法人の出資持分の贈与においては課税価格は比較的多額になる可能性があること,及び企業組合の持分の受贈者は保有期間中剰余金の配当の利益を享有しうるが,医療法人の出資持分の受贈者は剰余金の配当を享有し得ないことは認めるが,医療法人の出資持分の評価を純資産価額方式によることは合理性がないとの主張は争う。
(三) 同項(三)のうち,評価通達195の内容,農業協同組合において剰余金の配当や持分の譲渡が許容されていること,同組合員が組合員の事業又は家計の助成を図ることを目的とし,営利を目的としていないこと,医療法人も営利を目的として事業を行うものではないことは認めるが,医療法人に対する出資持分の評価に当たっても評価通達195に準じて出資金額によることが相当であるとの主張は争う。
3 同3項のうち,被告の主張する厚生会の純資産価額によって算出した同会に対する出資1口当たりの価額(同項(一)の(1))は認めるが,原告の主張する本件出資の評価方法及び評価額は争う。
七 被告の再反論
1 原告らの反論1項について
(一) 原告らは,原告らが取得したのは厚生会に対する出資持分そのものではなく,債権としての払戻請求権であると主張しているが,厚生会の定款によれば,社員が死亡した場合,社員の資格を失うとともにその相続人たる原告らが払込済出資額に応じて出資持分の払戻請求権を承継取得したものであることは明らかであり,右払戻請求権は,その性質上出資持分が顕在化したものであって,これは出資持分そのものとして評価すべきである。
(二) 原告は,さらに,本件のように,社員たる地位を失い,その時点での払戻請求権だけとなったものの評価に評価通達196において例示されている純資産価額方式を適用するのは相当ではない旨主張するが,社員たる地位を財産的に評価したものが出資持分であり,出資持分がそのまま顕在化し形を変えたものが持分払戻請求権であるから,原告らが社員たる地位を承継していないとしても,財産的にこれと同等に評価されるべき持分払戻請求権を取得したことは明らかであり,純資産価額方式の適用を排除すべき理由がない。
2 同2項について
(一) 原告らは,医療法人に対する出資持分の評価について企業組合などにおけると同様に純資産価額方式によることは妥当でないと主張する。なるほど,医療法人は,医療法54条により剰余金の配当を禁止されているが,①同条は,医療行為が有する公益性にかんがみ,医療法人が営利法人化することを可及的に抑止しようとの趣旨に出たものであって,医療法人について,その行うべき医療事業の内容や経営形態に関して,特に一般の個人開業医と異なったものを要求しているわけではないこと,②医療法人も通常の場合,収益事業を行っている点において特に一般の私企業や企業組合などとその性格を異にするものではなく,かえって配当禁止規定によって資産法人内部に蓄積され,その資産は年々増大して払込み出資額を上回っている可能性が大であること,③医療法人の出資持分を第三者に譲渡し,あるいは退社により持分に応じた払戻しを受けることは禁止されていないことから,仮に出資持分の譲渡が行われれば,その譲受人が剰余金の配当を受けることができなくても,その譲渡価額は法人の純資産価額を基礎として出資持分に応じた価額になるであろうし,退社により払戻しを受ける場合も,その払戻価額は同じく法人の純資産価額を基にして算定されるものと解されることなどに照らすと,医療法人の出資持分については純資産価額方式が最も合理的な評価方法であり,医療法人について配当が禁止されているからといって,企業組合などと決定的な差異があるとすることはできない。
(二) また,原告らは,企業組合や漁業生産組合に対する出資持分が贈与される場合と医療法人に対する出資持分が贈与される場合を比較すれば,配当禁止規定の存否が決定的な差異であることが一層,明らかになるとしているが,配当の有無によって,法人の内部留保に違いがあり,純資産価額に違いが出てくるのは当然であるし,その分,医療法人の出資持分が退社や第三者譲渡によって現実化したときに受贈者が享受し得る利益は大になるはずであり,保有期間中,受贈者が配当の利益に浴しないからといって贈与税の課税価格について純資産価額方式を基に算定することが不当であることにはならないので,医療法人について剰余金の配当禁止規定が存在していることをもって,純資産価額方式を不当とすべき理由は全くなく,原告らの主張は失当である。
(三) 原告らは,医療法人は「公益を目的とする事業を行う法人」(相続税法66条4項)であるから,農業協同組合のような非営利法人に対する出資の評価の規定である評価通達195に準じ,出資金額をもって出資の評価をするのが妥当である旨主張するが,農業協同組合は,組合員の相互扶助,すなわち,組合員の事業又は家計の助成を図ることを目的とし,組合自体の金銭的利益を図り,あるいは組合員にその利益を分配することを目的とするものではない(農業協同組合法8条)から,本来,組合事業の遂行に伴い組合に収益の生ずることは予定されておらず,組合財産が著しく増加することはあり得ないものというべきであり,これに対し,医療法人にあっては,前述したとおり,実際上収益事業を行い,医療事業から収益を得,資産を内部に蓄積し,年々増大していく可能性が大であるから,農業協同組合と医療法人とでは収益事業による資産の蓄積の可能性の有無という点で法人としての性格を大きく異にしており,単に積極的に営利を目的にしないという点で共通しているからといって,医療法人についても評価通達195を適用すべきことにはならない。
3 同3項について
原告らは,予備的主張として,独自の混合評価方式を主張するが,この方式もまた合理的な評価方式とは認められず,原告の主張は失当である。
(一) 個々の評価方式の合理性について
原告らは,純資産価額方式,いわゆる収益還元方式及び額面金額を卸売物価指数の上昇率によって換算する方式の三種の評価方式を混合的に採用すべきものとしているが,以下に述べるとおり,そもそも純資産価額方式を除く他の二種の評価方式自体が,既に合理性を欠くものであるから,これを混合的に採用しても評価方式として合理的なものになり得ない。すなわち,
(1) 原告らは,当期剰余金(税引き後)を長期投資利回り(国債の利回り)で除して資本価額に還元する「収益還元方式」を採用しているが,かかる評価方法については,基本的な評価要素である収益(ここでは,税引き後の当期剰余金と解しているようである。)及び収益と並んで基本的な評価要素である資本還元率(ここでは,長期投資利回りと解しているようである。)をどのように設定すればよいのか,その客観的,理論的な算定方法が見い出し難く,一般的に評価方法としての客観性,合理性を担保することができないとの指摘がなされているところであり,原告らの主張においても収益を税引き後の当期剰余金とし,資本還元率を長期投資利回りとすべき合理的な根拠が何ら示されていないし,また,仮に税引き後の当期剰余金をもって収益とするとしても,その金額がゼロは欠損の場合は,資産保有高の大小にかかわらず収益還元価額はゼロとなり,不都合を生じるので,収益還元方式は合理的な評価方法とは認められない。
(2) 原告らは,厚生会の出資持分の額面金額を「卸売物価指数の上昇率により換算する方法」を採用しているが,出資持分の評価に当たって卸売物価指数の上昇率を用いることの合理的な根拠を認め難い上,そもそも額面金額それ自体が,これまで被告が主張してきたように出資持分の経済的価値を表しているものでないのであるから,これに卸売物価指数の上昇率を乗じてもなんら厚生会の出資持分の時価を評価したことにはならない。
(二) 混合評価方式における加重平均の割合について
上記のとおり,混合評価方式の基礎となる収益還元方式及び卸売物価指数の上昇率により換算する方式自体が,そもそも合理性を有しないものである上,その加重平均割合についても客観的,理論的な算定根拠がない。
この点について原告らは,保有期間中に利益分配がないこと及び医療法人の財産の換価可能性が低いことを右割合の根拠としているようであるが,①医療法人の剰余金の配当が禁止されていることは,純資産価額方式の合理性をなんら否定するものではなく,これをもって純資産価額方式による価額の加重平均割合を他の二方式と比較して,ことさらに低く評価する根拠とはなり得ないし,また,②医療法人の財産の換価可能性の有無,大小を出資持分の評価に反映させる必要性もないのであるから,結局,原告ら主張の加重平均割合は,原告らの恣意的判断に基づくものであって,原告ら主張の混合評価方式は,合理的な評価方法とは言えず,原告らの主張は失当である。
(三) 以上のとおり,原告らの主張の評価方法は,いずれも合理的なものとは認められず,結局,厚生会の出資持分の評価方法としては,被告主張の純資産価額方式による以外には合理的なものは考えられない。
八 被告の再反論に対する原告らの認否
全て争う。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから,それらをここに引用する。
理由
一 請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。
二 被告の主張1項(一)のうち,別表二file_9.jpg(有価証券)の「株式・出資」の価額及び別表三番号4の厚生会に対する出資を除くその余の相続財産の評価額は当事者間に争いがないので,結局,本件の主たる争点は,相続財産に含まれている厚生会に対する出資持分の評価に帰するものというべきところ,原告らは,被告が本件各処分において右出資持分の価額を過大に評価した点で違法がある旨主張し,被告が右出資持分の評価方法として採用し,主張する純資産価額方式,すなわち,出資持分の価額を厚生会の純資産価額を基にして評価する方法について,その合理性を争っている。
そこで,まず右厚生会に対する出資持分の評価方法として純資産価額方式を採用することの適否について判断する。
三1 相続税法は,相続税の課税価格については,相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額とし(同法11条の2第1項),当該取得財産の価額については,原則として当該財産の取得の時における時価による(同法22条)旨規定している。そして,同条にいう時価とは,課税時期における当該財産の客観的交換価値,すなわち,一般的にいえば,課税時期において,不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額(評価通達一(二)参照。)をいうものと解するのが相当である。ただし,本件医療法人に対する出資持分のように,実際には,不特定多数の当事者間における自由な取引が行われることの可能性の少ない財産については,右に述べた方法による時価の把握は必ずしも容易でないが,右趣旨に沿い,当該出資持分につきもっとも合理的と認められる評価方法をもってその時価を算出すべきものである。
2 成立に争いのない甲第1号証(厚生会の定款)によれば,厚生会は,医療法人である社団であるところ,その社員になろうとする者は,原則として出資をしなければならず(同会の定款5条1項),社員は死亡によりその資格を失って退社する(同6条1項1号)が,退社した社員(死亡の場合はその相続人)はその払込済出資額に応じて出資の払戻しを請求することができる(同8条)ものとされており,そして,右払戻請求により払い戻される価額については同定款には何らの規定もないが,同定款35条によれば,同会が解散した場合の残余財産はその払込出資額に応じて分配される旨規定していること(なお,医療法人が解散した場合の残余財産の帰属について規定した医療法56条も,その帰属すべき者を定款で定めることを許容している。),また,同定款上右出資持分を他に譲渡することを禁止する旨の規定は存しない(法令上の制限もない。)ことがそれぞれ認められる。
そして,右社員の退社の場合における出資の払戻請求権と,厚生会が解散した場合における社員の残余財産の分配請求権とは,共に出資に対する払戻しという同一の性格を有するものであると解されるところ,上記認定のとおり,同会の解散の際には,解散の時点における同会の残余財産を社員の払込み出資額の多寡に応じて分配する(定款35条)であるから,社員の退社のときも,定款その他同会の総会の決議等で特別の定めがされていない限りは,社員の退社した時点における同会の財産(純資産)をその出資持分に応じて払い戻すべきものと解される。
そうすると,本件相続財産たる厚生会の出資持分の価額は,死亡によって退社した社員である亡りゃうの同会に対する出資の払戻請求権の価額と同額とみるべきところ,前認定のとおり,同会において退社した社員に対する出資の払戻しについては何らの特別の定めもないから,同女の相続人たる原告らに払い戻されるべきものは,前記のとおり,同会の純資産のうち同女の出資持分の割合に応じた部分と解され,そして,出資持分の譲渡の際の対価も右価額を基準として決定されるべきものであるから,結局,被告が厚生会の純資産価額を基にして,その出資の持分に応じた価額で評価する純資産価額方式を採用し,それにより本件相続財産たる厚生会の出資持分の価額を算出したことは,相続税法22条に定める価額(本件出資持分の時価)に適合するものであり,合理性が認められる。
3 この点につき,原告らは,評価通達196に例示されている企業組合や漁業生産組合では剰余金の分配が認められているのに対し,厚生会のような医療法人ではそれが認められないという差異があるにもかかわらず,被告が同通達を準用して本件出資持分を純資産価額方式により評価したことは合理性がなく,むしろ医療法人は,営利を目的として事業を行うものではないという点で農業協同組合と共通点を有するところ,右通達195は,農業協同組合に対する出資の評価方法は払込済出資金額による旨定めているので,本件出資持分(その払戻請求権)の評価もそれにならい,出資金額によるべき旨主張する(原告らの反論2項)。
そこで検討するに,なるほど厚生会のような医療法人は,医療法54条によって剰余金の配当が禁止されているのに対し,評価通達196に例示されている企業組合及び漁業生産組合(以下「企業組合等」という。)にあっては,中小企業等協同組合法59条及び水産業協同組合法85条によって制限付ながらも剰余金の配当が認められており,その点において医療法人について評価通達196を準用するについては疑問の余地もないではない。
しかしながら,医療法は,医療法人が剰余金の配当原資を得るために営利を追求し,医療行為の公益性にもとる行為を行うことを避けるために剰余金の配当を制限したものであって,その行う医療事業から収益を得ること自体を制限したものではないと解せられ,特に本件においては,厚生会に対する出資者は剰余金の配当は得られないものの,退社あるいは同会の解散の際には右収益によって法人内部に蓄積された資産(成立につき争いのない甲第4号証によれば,同会の昭和58年3月31日現在における資本金(出資総額)が金6,600,000円にすぎないのに対し,当事者間で争いのない被告の主張1項(二)(2)に従えば,亡りゃうの相続が開始した同年4月3日時点の純資産価額(相続税評価額)は,別表五記載のとおり合計金400,902,000円であって,相当多額の資産が蓄積されていることが認められる。)の分配に与かれることは前記のとおりであるから,企業組合等に対する出資者の受け得る利益と医療法人である厚生会への出資者が受け得る利益とは基本的には同一であって,厚生会への出資の評価方法を,企業組合等の出資についての評価方法と同一とすべきであるとする被告の主張には合理性が認められる。
また,原告らは,営利を目的としないという点で医療法人と同一性を有する農業協同組合に対する出資についての評価が,評価通達195において払込済出資金額とする旨定められていることを捉えて,同じく営利を目的としない医療法人である厚生会に対する出資についても同様の評価方法によるべき旨主張しているが,農業協同組合の行う事業は,もっぱら組合員のために最大の奉仕をすることを目的として組合員の事業又は生活の助成を図るものであって(農業協同組合法8条,10条参照。),医療法人のように,その目的たる事業から収益の生ずることは予定されていないものであるから,右通達によって定められた農業協同組合に対する出資の評価方法を医療法人たる本件厚生会の出資の評価方法とすることには合理性が認め難く,原告らの右主張は採用することができない。
4 さらに,原告らは,予備的に本件厚生会に対する出資持分の価額を,
(1) 同会の純資産価額によって計算した金額(被告主張額)
(2) 同会の昭和58年3月31日決算期における当期剰余金を長期投資利回りで除して資本価額に還元する収益還元方式によって得た金額
(3) 本件出資の額面金額を卸売物価上昇率によって相続開始時の時価に換算した金額
でそれぞれ計算した上,右(1),(2),(3)の各金額を2対3対5の割合で加重平均したいわゆる一種の混合評価方式によって計算すべき旨主張している(原告らの反論3項)が,右(2),(3)の各個別方式には,被告の主張するように(被告の再反論3項(一)),その合理性について疑問がある上,(1)ないし(3)を原告ら主張の割合で混合することの実質的根拠及びその妥当性を見い出すことはできず,叙上のとおりその合理性が認められる被告主張の純資産価額方式と対比して,原告らの主張する右混合評価方式が本件出資持分の評価方法としてより合理性があるものとは到底認め難いので,原告らの右主張も失当である。
四 以上のとおり,被告が本件各処分において,相続財産中厚生会に対する出資持分の価額を純資産価額方式で評価することは正当であるというべきところ,前記のとおり亡りゃうの相続開始時における厚生会の純資産価額が別表五記載の金額となることは当事者間に争いがなく,これに相続税法中の関係条文を適用して原告ら各人の相続税額を算出する(その過程の詳細は,被告の主張2項記載のとおりである。)と,別表四(1)ないし(4)の「被告主張額」欄記載のとおりとなり,本件各処分(ただし,異議決定により一部取り消された後のもの。)は,これを超えるものでないから,いずれも適法というべきものである。
五 よって,原告らの本訴各請求は理由がないから,いずれもこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条,93条1項本文の規定を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 加藤幸雄 裁判官森脇淳一は,転補につき署名押印をすることができない。裁判長裁判官 浦野雄幸)
<以下省略>